生成AIを組織に取り入れるとき、多くの企業が直面するのは「複雑さ」と「過剰な投資」です。
巨大なプラットフォームや専用システムを前提に考えてしまうと、導入は一部の先進企業に限られてしまう。
そこで私が参考にしたのが、アジャイルの中でも特にシンプルで現場に浸透しやすいスクラムという手法でした。
K2Aフレームを設計する際に学んだのは、以下の点です。
第一に、プラットフォーム非依存性。スクラムが特定のツールや言語に依存しないように、K2Aも特定のLLMやベンダーに縛られない設計を重視しています。
どの企業でも、自社の環境に合わせて導入できる柔軟さを持たせました。
第二に、シンプルさと普及性。アジャイル全体の思想は広いスコープを持っていますが、その分抽象度が高く、初学者には掴みづらい側面があります。
スクラムは手法として明確なステップを持ち、現場で理解・実践しやすい。
K2Aも同じように、生成AIを活用するための実務フレームとして「現場で動かせるシンプルさ」を意識しています。
第三に、新しいロールの導入。スクラムにスクラムマスターやプロダクトオーナーがあるように、K2AではAI PilotやDomain Owner、K2A Coachといった役割を設計しました。
これにより、エージェント活用を「誰が責任を持つのか」を明確にし、現場実装を可能にしています。
最後に、教育・普及の仕組み。スクラムがコーチや認定資格を通じて広まったように、K2Aも知識共有や教育制度を組み込むことを想定しています。
フレームワークを仕組みとして整えるだけでなく、実際に運用できる人を育てることが欠かせないからです。
1 K2Aとスクラムの共通点
スクラムとK2Aは、一見異なる領域を対象にしているように見えます。
前者はソフトウェア開発のためのフレームワーク、後者は生成AIを組織に取り込むためのフレームワーク。
しかし、その構造には驚くほど似た発想があります。
1. プラットフォーム非依存性
•スクラム:どの言語やツールでも適用可能。方法論自体は特定技術に縛られない。
•K2A:特定のLLMやベンダーに依存せず、既存の環境に合わせて実装可能。
2. シンプルな実行プロセス
•スクラム:スプリント、イベント、バックログといった分かりやすい要素で構成され、誰でも流れを理解できる。
•K2A:「知識を抽出 → パターン化 → エージェント化」という明快な流れを持ち、AI導入を複雑化させない。
3. 役割の明確化
•スクラム:プロダクトオーナー、スクラムマスター、開発チームが役割を分担し、責任の所在を明確にする。
•K2A:Domain Owner、AI Pilot、K2A Coachといったロールを定義し、「誰が知識を守り、誰が現場に導入し、誰が全体を設計するか」を明らかにする。
4. 教育と普及の仕組み
•スクラム:コーチや認定資格を通じて世界中に普及した。
•K2A:同じく教育・普及を重視し、知識とAIの接続を支える人材育成を想定している。
2 K2Aの特徴 ― スクラムを意識して設計した生成AI適用フレーム
K2Aフレームは、生成AIを組織に浸透させるために設計した方法論です。
その背景には、スクラムから学んだ「シンプルで現場に適用しやすい仕組み」という発想があります。
ただし、K2Aはスクラムをそのまま転用したものではありません。
AI時代に必要な組織課題を解くために、独自の特徴を持たせています。
1. 知識の資源化を前提とする
スクラムは「チームが成果物を完成させる」ことを目的とします。
一方でK2Aは、「知識を抽出・パターン化し、エージェントとして再利用する」ことを前提に置きます。
プロジェクトを進めるだけでなく、そこから得られた知識を組織の資産として循環させる点が大きな特徴です。
2. 人とエージェントの役割分担
スクラムは人だけを前提にしていますが、K2Aは人とエージェントの協働を基本設計に組み込みます。
設計レビューやコードレビュー、テストの一部はエージェントが担い、人は創造的・戦略的な判断に集中する。
この役割分担を明示することが、K2Aの核にあります。
3. 新しいロール設計
スクラムにはプロダクトオーナーやスクラムマスターがあります。
K2Aではそれを参照しつつ、Domain Owner、AI Pilot、K2A Coachといった新しいロールを設計しました。
これにより、「誰が知識を守り」「誰がエージェントを現場に導入し」「誰が全体を設計するか」を明確にできます。
4. 教育と普及の仕組み
スクラムがコーチや認定資格を通じて広がったように、K2Aも教育・普及を重要視しています。
フレームワークを形にするだけでなく、それを実際に運用できる人を育てる仕組みを持つことが普及の条件になると考えています。
つまりK2Aは、スクラムのシンプルさや役割の明確化を意識しつつも、「AI時代に組織が直面する課題」に応えるために設計されたフレームです。
3 知識資源化とカード類 ― K2Aの中核
K2Aフレームの最大の特徴は、知識を「資源」として扱えるようにする点にあります。
従来の組織では、経験やノウハウは個人に留まりやすく、異動や退職とともに失われてしまいました。
そのため、二重三重の人員配置で"保険"をかけるしかなく、コストが膨らんでいたのです。
K2Aはこの課題を解くために、知識をカード化して整理し、AIエージェントに組み込む仕組みを設計しました。
ここでは三種類のカードが中心的な役割を担います。
1. シナリオカード
業務全体の流れや意思決定のパターンを記述するカードです。
スクラムにおけるスプリント計画に近い役割を持ち、AIエージェントが「どの順序で」「どの観点から」業務を進めるかの土台を提供します。
2. プロンプトカード
生成AIへの具体的な問いかけや指示を整理したカードです。
単発のプロンプトではなく、業務で繰り返し使える形で標準化されます。
たとえば設計レビューや顧客対応など、現場で何度も登場する問いをパターン化して資産にします。
3. 手順カード
実際の業務手順を段階的に示したカードです。
人が担当する部分とAIが担当する部分を明確に分け、役割分担をスムーズにします。
新人教育や属人業務の引き継ぎにも活用できる形です。
これらのカードは単なるドキュメントではありません。
AIエージェントが参照し、繰り返し利用することで「知識が失われず循環する仕組み」となります。
人はカードを通じてエージェントに知識を与え、エージェントはその知識を活用して現場に貢献する。
つまりカード類は、人とエージェントをつなぐ"翻訳装置"なのです。
4 新しいロール設計 ― カードとエージェントを動かす人々
K2Aフレームの中核は、知識をカード化してAIエージェントに組み込むことにあります。
しかし、カードやエージェントはそれ自体では動きません。
重要なのは、誰が知識を守り、誰がエージェントを現場に導入し、誰が全体を設計・改善するのかという「ロール(役割)」を明確にすることです。
ここでもスクラムの影響を受けています。
スクラムにはプロダクトオーナーやスクラムマスターといった役割があり、責任の所在をクリアにしました。
同じようにK2Aでも、AI活用を組織に根づかせるために以下のロールを定義しています。
1. Domain Owner
知識の責任者です。シナリオカードや手順カードにまとめられる領域知識を監修し、その正確性と最新性を担保します。
いわば「知識のオーナー」であり、組織内の専門性を資産化する役割を担います。
2. AI Pilot
現場でエージェントを導入・運用する責任者です。
プロンプトカードを磨き込み、手順カードとエージェントを組み合わせて実務に適用します。
名前の通り「操縦士」として、AIをチームに組み込む役割を果たします。
3. K2A Coach
フレーム全体を俯瞰し、教育と改善をリードします。
Evalsカードを軸に、現場での運用状況をレビューし、次の改善サイクルにつなげる。スクラムにおけるコーチやトレーナーに近い立場です。
この三つのロールがそろうことで、K2Aは単なる知識管理の仕組みではなく「人とエージェントが協働する組織設計」へと進化します。
Domain Ownerが知識を守り、AI Pilotが現場で活かし、K2A Coachが改善サイクルを回す。
この分担があるからこそ、カードは生きた資源となり、エージェントは使い捨てではなく"成長する同僚"として機能するのです。
5 K2Aフレームの実践プロセス ― カードとロールをどう動かすか
K2Aの全体像を理解するには、カードとロールを「どう組み合わせて動かすか」を見る必要があります。
スクラムにスプリントという反復的なサイクルがあるように、K2Aにも業務を前進させながら改善を重ねるプロセスがあります。
その起点になるのはシナリオカードです。
Domain Ownerが業務全体の流れを記述し、AI Pilotと共有することで「どのエージェントをどこに組み込むか」の地図が描かれます。
次に、プロンプトカードと手順カードが組み合わされます。
AI Pilotはプロンプトカードを磨き込み、エージェントが参照できる形で知識を与えます。
同時に手順カードを活用し、人とエージェントの役割を切り分けて作業を進めます。
ここで実務に適用される仕組みが動き出します。
運用が進むと、Evalsカードが重要になります。
ここには二段構えの役割があります。
•AI Pilotは、日々の運用で気づいた不具合や改善点を記録し、現場の"生ログ"を残す。
•K2A Coachは、複数のEvalsカードを俯瞰してパターンを抽出し、改善サイクルにつなげる。
この役割分担によって、現場感のある具体的な改善提案と、フレーム全体を整える視点が両立します。
――
まとめると、K2Aの実践プロセスは次の流れです:
1. シナリオカードで全体像を描く(Domain Owner)
2. プロンプトカードと手順カードで実務を動かす(AI Pilot)
3. Evalsカードで現場の気づきを集め(AI Pilot)、改善に展開する(K2A Coach)
この三層の連携により、知識は失われず資源として循環し、AIエージェントは現場に根づいていきます。
スクラムが短いサイクルでチームを改善し続けるように、K2Aもまたカードを通じて「知識とAIの協働サイクル」を作り出すのです。
6 AIエージェント時代の組織はどう変わるのか
この記事では、K2Aフレームをスクラムから学んだ視点で紹介してきました。
カード化による知識資源化、Domain Owner・AI Pilot・K2A Coachという新しいロール、そして改善を回し続ける実践プロセス。
これらはすべて「AIエージェントを前提とした組織の設計」を可能にするための仕組みです。
では、この枠組みは組織にどのような未来をもたらすのでしょうか。
第一に、過剰な重複や保険的な配置からの脱却です。
従来は人の異動や退職を恐れ、二重三重の人員配置や過剰な設備投資を余儀なくされていました。
K2Aでは、知識がカードとして資源化され、エージェントに組み込まれるため、属人リスクは大きく低減されます。
その分、より柔軟で機動的な配置が可能になります。
第二に、新しい評価軸の誕生です。
これまで組織では「部下の人数」や「管理する予算規模」で人事評価が決まりがちでした。
しかしK2Aの世界では、「いかにエージェントをマネジメントし、知識資源を活かすか」が評価の中心になります。
これは人材マネジメントの常識を塗り替える大きな転換点です。
第三に、人とエージェントの協働文化です。
エージェントは「人の代替」ではなく、共に学び続けるパートナーとして組織に根づきます。
そのためのルールと仕組みがK2Aには備わっており、現場に自然に浸透していく余地があります。
――
スクラムがソフトウェア開発に「反復と改善の文化」を根づかせたように、K2Aは組織全体に「知識資源化とエージェント協働の文化」をもたらすでしょう。
このシリーズはここで一区切りですが、K2Aの設計思想はまだ始まりにすぎません。
次のステップは、実際の現場での実装とフィードバックです。
あなたの組織では、どの知識からカード化を始め、どの業務でエージェントを動かすのか――その選択が、AI時代の競争力を左右していきます。
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