小澤さんの旅飛行日誌
日本語では「先生(せんせい)」は「教師」や「医者」を意味する言葉です。例えば、魯迅はかつて仙台で彼を教えてくれた藤野先生を偲んで、有名な「藤野先生」という文章を書いています。
ここで紹介する小澤先生は、私の妻の大学の恩師です。今年80歳という高齢ですが、非常に健康で、毎週4回テニスをし、見た目も60代後半から70代くらいにしか見えません。小澤先生は大変な航空ファンで、最近彼が保管している搭乗ログ(Flight Log)を見る機会があり、ぜひ記録に残しておく必要があると感じました。
多くの航空ファンが搭乗後、フライトログを客室乗務员に渡し、操縦士に航行データを記入してもらって記念にしていることをご存知でしょう。先生は1970年代から、搭乗するフライトのためにこうした資料を自作していました。フライトごとにデザインが異なり、非常に心がこもっており、感心させられます。もちろん各航空会社の対応は様々で、サービスの良いブリティッシュ・エアウェイズやシンガポール航空のパイロットは、時には飛行資料をそのまま彼にくれたこともあるそうです。彼によると、逆に対応が最も悪かったのは日航(JAL)で、もらえるものが最も少なかったとのこと。これは少し意外です。
小澤先生のフライト記録は数多すぎるので、私はその日、iPhoneで数枚の写真を随手に撮っただけですが、まずはそのうち2つを共有させていただきます。
以下は、1985年8月2日に中国民航(CAAC)の4101便で成都から北京へ移動した際のものです。当時の機種はまだボーイング707で、機体番号はB-2410でした。ただ残念なことに、紙に残された記録はパイロットが書いたものではなく、客室乗務员が書いたもののようです。当時、小澤先生はチベットから戻ったばかりだったかもしれず、記録用紙のデザインにはチベット文字が使用されています。
インターネットでこの機体の写真を見つけました。Boeing 707-3J6C, B-2410, CAAC (CA / CCA)、エンジンはJT3D-7です:
この機体は1973年11月12日に運航を開始しました。707-320B型で、より強力なJT3D-7エンジンを搭載しており、かなり後期の型番であることがわかります。その後、この機体は中国西南航空に所属し、1998年5月の退役まで現役でした。その後、B-513LやA6-ZYD(アラブ首長国連邦のFlying Dolphin Airlineで、2004年まで現役)という機体番号も使用されたようです。退役時、登録番号B-2410のこの機体は中国本土最後のボーイング707だったようです。そして<a href=“http://bbs.huainet.com/thread-207182-1-1. target="_blank”>ここで、「1998年、本土最後の路線運送に就いていたボーイング707 B-2410が、ラサ空港で着陸時に翼を接地させ、全損となった」という記述を見つけました。
もう一つ、最近のものを見てみましょう。2013年7月7日、中国東方航空の西安からウルムチへ向かうMU2461便です。今回は運が良く、機長直筆の記録をいただくことができました:
飛行距離:1215海里 巡航高度:10400メートル 巡航速度:マッハ0.78 乗客総数:145名 飛行時間:3時間15分 V1(離脱決定速度):145ノット V2(安全上昇速度):148ノット Vr(引き起こし速度):154ノット TOA(外気温):マイナス8度
機種はボーイング737でしたが、残念ながら機体番号を記録し忘れてしまったのが少し心残りです。しかし、機長のサイン――「张为国(張為国)」――をいただけたのは、やはり非常に貴重です。

もし小澤先生のすべてのフライトログを記録できれば、一冊の本になれるのではないかと思います。